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警察OB・元政治家秘書の社会評論家│渋井治雄が時事問題を語る

政治は国民生活の底辺に、その視点を置いて行うものです

自民党は裕福な国民を代表する政党で、共産党は貧しい国民を代表する政党、そんな区分けがされるなら、私は貧乏人だから共産党を支持しなければならないはず、しかし、私は共産党を支持したことは一度も無い。それは、日本の政党が国民を区別して政治をしているとは思っていなかったからである。自民党が、まさか財界や裕福な国民のためにのみ政治を行っているとは知らなかったからである。でも、最近の自民党政治は国民大衆に、その視点を置いた政治をしなくなってしまいましたね。

以前は、自民党も互いに切磋琢磨し自由に発言をすることが出来たのですが、今は小選挙区制で、党の力、官邸の力が強くなりすぎて、国民の意思が反映する政治が行われなくなってしまいました。

それなら選挙で国民の意思を反映させればいいと、いわれるかも知れませんが、残念ながら国民大衆の受け皿となる政党が、投票の陳列棚には無いのです。日本国民が望む政党とは、日本の文化と伝統を大切にし、国民生活の底辺に、その視点を置いて政治をしてくれる政党なのです。それが、存在していないものですから、誠に持って信じられないことなのですが、僅か2割りにも満たない国民の支持で、現在の自民党による政治が行われているのです。ですから、やっていることは、保身のための米国追従の政治ばかりなのですから、国民生活が楽になるわけがありません。

まして、貧乏苦労などしていた政治家も少ないのですから、国民視点の政治など、よくわかっていないのです。国会議員で、六畳一間のアパートに住んでいる人でも居られれば立派なものですが、皆さん、水準以上の豊かな生活をしている方ばかりです。これでは、国民大衆が救われるはずがありません。

私が、国会議員だったら、年収200万以下で、政治家としての根性を見せてやりたいとは思いますが、何せ、選挙にも金がかかるものですから、どうにもなりません。ですから評論家をしているのです。

政治も、国民生活の底辺に、その視点を置いて行うべきのもの、泣いている国民が一人でも居てはならないのです。

昭和天皇が、「雑草という名の植物は無いぞ」との、その尊い、御心を、多くのろくでもない政治家にも、見習ってほしいものである。

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