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警察OB・元政治家秘書の社会評論家│渋井治雄が時事問題を語る

日本と韓国と中国に仲良くされては困る皆さんが200年前から地球上に存在しているのです

日本が他のアジア諸国と違って欧米の植民地にされなかったのは、徳川家康からの鎖国と異宗教の侵入を許さなかった政策があったからなのです。しかし、開国(植民地化が目的)を黒船による軍事力で迫られ、イルミナティに操られた薩長が日本内乱となる倒幕運動を起すのである。坂本龍馬も最初は欧米の日本植民地化政策に気付かず、グラバーのメッセンジャーボーイとして薩長同盟や大量の武器購入に奔走するのである。

しかし、英国が薩長に味方し、フランスが幕府に味方する様子を見て、ここで日本危うしに目覚め、大政奉還、江戸城無血開城に動くのである。しかし、やはり偉かったのは、大政奉還をした徳川慶喜であり、日本の植民地化を防ごうと無血開城に心を注いだ、西郷隆盛と勝海舟である。

龍馬の裏切りと思われる、この行動に激怒したのがグラバーであり、やがてグラバーは、龍馬の命を奪うことになる。そして、西郷の動きにもイルミナティは眉を顰め、いずれ西郷にも死んでもらわなければならないと考えたと思われる。敬天愛人の西郷隆盛が、反韓や反中であろうはずなく、朝鮮半島には戦争ではなく、自分が行って友好を築きたいとの決意があったのである。だが、明治新政府は、すでにイルミナティの息のかかった皆さんに牛耳られ、陸軍大将は野に下るも、ついに西郷隆盛は第二の維新を目指し、明治10年2月、二万の薩摩隼人と共に熊本城を攻める。そして、宮崎に人吉に田原坂に、勇戦奮闘を展開をするが、第二維新は成功せず、「晋どん、晋どん、もう、ここでよか」との言葉を最期に、別府晋介の介錯により、大西郷は城山の露と消えるのである。

それでも、日本はアジアでの唯一の独立国としての使命に燃えて、理不尽な経済封鎖を打破すべく、窮鼠猫をかむとの思いで、アジア解放のための大東亜戦争に起ち上がったのである。

しかし、この謀略戦争の罠に日本が勝てるはずも無く、日本は原爆を二つも落とされ、悲惨な敗戦を迎えることになってしまったのである。そして、73年経った、今でも、日本は、ご覧の通りの米国占領下のままである。東京裁判での、この戦争の責任は、ペリーが浦賀に来たときからにまで、さかのぼらなければ真相は解明できるものではなく、裁判で、石原莞爾将軍が、「この戦争の責任を追及したいのなら、ペリーをここに呼んで来い。」と米国側に叫んだ通りなのである。

東亜侵略200年にも及ぶイルミナティ勢力にとって、アジア諸国の団結は許してはならないもの、日本と韓国と中国が仲良くされては、どうにもならなくなる。韓国にも中国にも多数のアジア分断工作員を送り込んで、マスコミも含めて、反日運動を続けるのに懸命になっていると言うのが本当のところなのである。

やらせ、反日の皆さんに、日本国民も騙されてはなりません。西郷先生を筆頭として、大アジア主義こそが、日本の愛国運動の真髄であることを日本人は見失ってはなりません。

本物の日本人は、韓国や中国とも手を結び、アジアからイルミナティ勢力を駆逐せねばと、200年間以上も戦い続けているのです。昨今の、韓国の芸能人のTシャツ問題も、分断工作員の皆さんに、仕掛けられたものだと思います。

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