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警察OB・元政治家秘書の社会評論家│渋井治雄が時事問題を語る

通信障害位で日本国中がマヒする恐ろしさ、機械は必ず故障し壊れるもの、こんなものに生活の全てを任せる方がどうかしている

今日、押上から半蔵門線に乗ろう京成線で行ったら、何と押上のホームは人で溢れている。その後、トータルで、押上からの都営浅草線は7時間も動かないでは、どうにもならない。最初は、人身事故かと思ったら、そうではなく、京成線と都営線との運行システムの操作を誤ったとの機械のトラブルだそうな。そもそも、機械が万全であろうはずはずもなく、所詮、機械なのですから、必ずトラブルは起こるし、故障もするものなのです。

しかし、今の世の中は、誰もがスマホが命、スマホが無ければ生きることが出来ない様な雰囲気である。スマホという器具を常に持っていなければ、毎日の仕事も生活もどうにもならなくなっている。確かにスマホは便利であることは認めるが、その現実は、スマホを人が利用していると言うよりは、むしろ人が器具であるスマホに振り回されているのが本当のところである。

ソフトバンクの通信障害が、何故、起きたのか、その詳細はわからないが、少なくとも、誰かに攻撃されたのかどうかはともかく、通信関係の機械が、故障したことは間違いの無いところであろう。人とは勝手なもので、機械の故障など、まるで想定せずにスマホを使っている、通勤も同様で、朝、鉄道のトラブルを想定して会社等に向かう人は居ないはずである。

江戸時代の様に、交通の手段が駕籠や馬で、通信の手段が手紙の飛脚なら、今日の様なトラブルは無いはずである。世の中が便利になればなるほど、危険のリスクが高まるのだと言うことを忘れてはならない。

何でもかんでも、通信機器を使った生活は、やはり危険である。無線は姿の見えない透明人間、透明人間同士で、恐ろしい程の金額を平気で動かす社会、こんなことまで機械任せでいいはずがない。

昔は、携帯やスマホどころかATMもありません。私が警察官になった頃は、給料は警察署の会計係のところで押印と引き換えに、全額受け取ったものでした。銀行でも通帳を持って、下ろす金額を用紙に書いて窓口に提出したものでした。それでも不便とは思いませんでしたね。

このやり方なら、ATMが無いのですから振り込め詐欺自体が存在しませんね。どうも見ている限りでは、便利なことばかりが人間を幸せにするとは思えません。いっそのこと、スマホなど廃止した方が、見えない世界での、あらゆるトラブルが無くなって、誰もが安心して豊かな生活が送れるのではないでしょうか。

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