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警察OB・元政治家秘書の社会評論家│渋井治雄が時事問題を語る

最強武闘派、中野太郎会長の本を元旦に読みましたが、互いに暗殺を意識していたとの印象です

新年あけましておめでとうございます。初詣は行かれましたでしょうか。私も赤坂不動尊に行って参りました。ここは都心ですので、失礼ですが、お参りは、いつも私一人で、空いていて嬉しくなります。

私はどうも人が多いところは嫌いで、よく長い時間、行列で並んでいる人を見かけますが、何もそんなことをしてまで、買いたいとも、食べたいとも思いませんね。そもそも私は、群れることが嫌いなのかも知れません。一人は、誰にも気を使わなくて済みますし、一人は寂しいと、おっしゃる方がいますが、私は、無意識のうちにも、一人笑いをする癖があり、一人の方が、むしろ楽しいのです。私の部屋は二階にあるのですが、時々、妻が夜中の10時過ぎに、コーヒーや、お茶を二人分、運んでくる時があります。私は、あれっと思って、これはと聞くと、妻は、お客さんは、と尋ねるのです。え、お客さん?、こんな時間に、お客さんが居るわけはないだろうと話すと、今、笑い声がと、妻は首を傾げる、笑い声、ああ、もしかしたら、俺が一人で、何かを思い出して笑っていたのかもと話すと、そんなことが頻繁にあるものですから妻も呆れて、一度、病院に行った方がいいと、私を説得するのです。しかし、こんなことは子供の頃からなので、やはり、私は普通ではないと、自分でも分かっているつもりです。

それはそれとして、

平成30年12月31日発行(著者、山平重樹氏)の「最強武闘派と呼ばれた極道、中野太郎会長」を読ませて頂きました。皆さん、すでに亡くなっているのですが、山口組も五代目を、そもそも組内で実力親分として誰もが認めていたわけではなく、盃は交わしたものの、渡辺五代目は、山口組内では、軽い神輿でしかなかった。渡辺五代目にすれば、お目付け役の五年が過ぎていると言うのに、いつまで宅見は若頭をやり、そして金を握り続けるつもりなのかの思いがあった。どこの世界でもナンバー2は、いつかは消されるものなのだが、この時の山口組は、ナンバー1が、ナンバー2に追い落とされる雰囲気があったのである。中野太郎会長は、この渡辺、宅見の争いの中で、渡辺五代目に忠義を尽くそうとした。そもそも、最初は、宅見若頭と中野太郎会長との争いではないのである。

やくざ組織は暴力の世界、最後は命のやり取りが勝負を決することになる。もしかしたら、中野会長襲撃事件が無かったら、宅見若頭暗殺事件も無かったのではなかろうか。会津小鉄会が独自の判断で中野会長を殺しに行くわけがない。そんなことをすれば、会津小鉄会は一和会と同じ運命を辿ることになる。もし、中野会長暗殺が宅見若頭からの依頼となれば、会津小鉄会は山口組に詫びを入れる必要もあるまい。

そして、中野会による宅見若頭暗殺事件、これも中野会が独自の判断で出来るものでもあるまい。そんなことをすれば、中野会は全山口組を敵に回すことになり、中野会は一週間で潰される結末となる。だが、もしも、宅見若頭暗殺を渡辺五代目が暗黙のうちにも了承していたとなると、中野会の行動も山口組を思っての行動となり、忠臣蔵となる。

おそらく、双方とも互いに暗殺を意識していたのではなかろうか。喧嘩は張り勝ち、宅見若頭にすれば、中野若頭補佐は、俺を殺るつもりだろう、それなら先にとの思いがあったのではなかろうか。

中野会長の誤算は、渡辺五代目には幹部を束ねる力が無かった、そのために中野会長を守り切れず、絶縁にまでになってしまった。絶縁では、もう、中野会が存続するのは無理であり、弘田副会長、山下若頭も殺されては、もはやこれまでとなったと思われる。

ボタンの掛け違いと簡単には言うが、やくざ社会では、その僅かなボタンの掛け違いが、多くの死者を出すことになるのである。男稼業の最たるものが、やくざ渡世であろうが、この社会だけは女性の進出は難しいのではなかろうか。

中野太郎会長が、渡辺五代目に義理があったのも事実であろうが、トップは、やはり、誰しもが認める人が務めなければ、悲劇はどこにでも起こるものなのである。中々に骨のある一冊でした。

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