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警察OB・元政治家秘書の社会評論家│渋井治雄が時事問題を語る

まさかの長野選手が広島なら、次は原監督が広島の監督かな、仁義なき戦いは映画だけでいいよ

どんな組織だって、組織に貢献した人は大事にするもの、選手として成績が悪ければ、給料を下げれば、それだけで十分なはず、原監督が丸選手を欲しがらなければ、こんな広島との仁義なき戦いとはならなかったはずである。ヤクザ社会だって、いくら喧嘩の助っ人が必要だからと言って、抗争相手組織の人間を金の力で引き抜くことなど、あり得ない話で、そんな漫画の様なことが起こるはずもない。

そもそも、色々と問題があって、原監督は辞任したのであり、その後、松井選手に監督就任を逃げられたため、困った巨人は、まだ若かった高橋選手に監督を押し付けた。しかし、そう簡単に優勝できるはずもなく、勝てなかった高橋監督は、当然の様に辞任となった。

今の時代は、各球団とも実力が伯仲しており、どこの球団でも優勝できる状況にある。そんな中、ON全盛の頃の夢の時代を求めて、今の巨人は、もがき苦しんでいる。それが、金の力で他の組織の喧嘩の腕利きを集めて、何が何でも勝とうとする、仁義なき戦いとなっている。「球界の紳士たれ」どころではない。

しかし、いくら合法的とはいえ、他のチームの看板選手を金の力で引き抜くなど、そんな、感心しないことをすれば、因果応報、仁義なき戦いとなるのは当たり前の話、内海選手も長野選手も必要でなかったから、巨人は守らなかったのであり、それも原監督の意思であったはずである。

人間は感情の動物、人それぞれに、好き嫌いがあるのも事実であるが、だからと言って、人事なるものは、人事権のある者の好き嫌いで行ってはならないものなのである。まして巨人軍は原監督の所有物ではない。巨人一筋に貢献のあった人を、本人に何の相談もなく、簡単に奪われるままにしたことは、仁義に反するものである。そんな仁義に反することばかりする原監督、いつかは又、原監督自身が放り出されることになるはずである。まさかの、広島監督との交換トレードになったりして、そうなると、お笑いですね。

「仁義なき戦い、広島死闘篇」は、映画だけにしてもらいたいものである。

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